いい大人のための食育会議

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Vol.3

豊かな味覚を育てる「減塩」

「いい大人のための食育会議」第3回目のテーマは、「減塩」。塩分の摂りすぎは生活習慣病の要因になる……ということは、多くの方々が知っている事実かもしれません。けれども具体的になぜ、減塩食のほうが身体にいいのか、理解している人はそう多くないのではないでしょうか。今回は塩分過多のデメリットや減塩の意義を改めて見つめ、ムリなく始められる、いい大人のための減塩レシピを提案します。

塩分過多は高血圧の原因に?

村上農園(以下、村農):前回、渡邉先生がお話されていた「味覚育てる減塩」について詳しく伺いたいと思います。そもそもなぜ、減塩したほうが身体にいいのでしょうか?

渡邉美和子先生(以下、渡邉):身体には「恒常性」と言って、状態を一定に保とうとする力があります。たとえば塩分を多く摂ると、血液の浸透圧を一定に保つために、血液中の水分が多くなります。循環する血液の量が増えれば血管の壁にかかる圧も高くなり血圧が上がる一因になります。血圧への影響とは別に、最近の研究では、食塩が心臓や血管に直接悪影響を及ぼすこともわかってきています。それと一説には、日本人に胃がんが多いのは、和食の塩分濃度が高いからなのではないか、とも言われています。これは、胃潰瘍や胃がんを引き起こすピロリ菌が、塩分の多い環境で増殖しやすいためです。和食は健康食として注目されていますが、一方で考慮すべき点もあるということです。

浜田陽子先生(以下、浜田):塩分過多で注意すべきなのは「高血圧」ですね。別名を「サイレントキラー」と言って、多くの方が自覚症状のないまま、高血圧症やその予備軍となり、気づいたときには厳しい減塩療法に取り組まなくてはならないこともあります。40代以上で発症する方が多いので、できるだけ若いうちから減塩食を心がけてもらえたら……というのが正直な感想です。

あと塩分を多く摂りすぎている人を見ていると、往々にして脂質も摂りすぎていることが多いんです。実際に料理してみるとわかりますが、たくさん塩分を使うと、味のバランスを取るために、総じて脂質も糖質も高くなるんです。結果として、こってりした濃い味付けになるんですよね。そういう味付けが好きな人はボリュームのある食事を好み、塩分過多になってしまいがちな傾向があります。塩分過多がメタボ(メタボリック症候群)を誘発しているとも言えます。「たかが塩分」と思うのではなく、塩分を意識的に減らすことが、健康につながる出発点になります。無理に減らすのではなく、日常的に食べるものから、上手に塩分を減らすことが必要ではないでしょうか。

今からでも間に合う! 減塩で
味覚を育てる

渡邉:「いきなり『減塩』と聞くと、味気ないのではと考える方も多いかもしれませんが、『うまみで置き換える』と考えてください。減塩を続けると次第に味覚が育ち、食材のうまみに敏感になります。それが「味覚育てる減塩」という考え方です。逆に、塩辛いものばかり食べていると味覚が鈍感になって、素材本来のうまみを感じにくくなってしまいます。

村農:「子どもの頃に食べたもので味覚が決まる」という説を聞いたことがあるのですが、大人になってからでも味覚は変わるものですか?

浜田:そういった説もありますが、大人でも味覚は変わりますよ。もちろん、個人差はありますけどね。

渡邉:家庭で減塩に取り組むときは、ちょっとした一工夫で「緩やかな減塩」から始めましょう。たとえば調味料ですが、いきなり量を減らすのではなく、醤油からポン酢、ポン酢からカボス……と、塩分がより少ない調味料を選ぶようにします。おかずはすべてを減塩にするのではなく、一品だけは味にインパクトのあるものを残すとメリハリがでます。塩味を加えるタイミングも大切です。だしやスパイスなどを使って、調理の段階ではうまみや香りを生かすことを心がけて、食べるときに少量の塩味を加える。こうした工夫の積み重ねで、だんだん味覚が鍛えられて、感動するようなおいしさを感じられるようになってきますよ。

村農:とはいえ、つい塩辛いものを食べすぎてしまったり、外食で塩分を摂りすぎてしまったりすることもあります。そんなときにリセットできるような食べ物はありますか?

渡邉:食べ過ぎをなかったコトにする食品は永遠に出てこないと思います(笑)。
塩分の多い食事は、細胞内にも水を引き込むので、むくみなどは比較的すぐに症状として出ますが、高血圧症や腎機能障害など、決定的な悪影響は瞬間的に出る訳ではありません。次の食事で極力塩分を控える、ナトリウム排泄効果があるカリウムを多く含む野菜をたくさん摂るなどして、バランスを取ることが対策になるでしょう。

浜田:「外食でおいしいものを食べたい」という気持ちもわかるんですよね。私は基本的に家で食べるのが好きだから、自分好みの献立を作りますけど、たまには外食したいこともあります。ですから、外食を楽しむために、日々の食事を節制すればいいんですよ。何もかもを我慢して、ずっと節制してばかりで……なんて、それこそ「いい大人の判断」じゃありません。1週間くらいのスパンで考えて、バランスを取りながらメリハリをつけるといいと思います。

減塩は「だし」や「うまみ」で工夫して

村農:ちなみに、1日の塩分摂取量の目安はどれくらいなのでしょうか。

渡邉:厚生労働省の「日本人の食事摂取基準」では、18歳以上の男性で8.0g、女性が7.0g未満と目標量が定められています。WHO(世界保健機関)では5.0g未満を推奨しているので、これでもまだ多いくらいですね。

浜田:みそ汁1杯でも塩分は1.0g近くになりますから、目標量以下に抑えるのは本当に難しいですよね。

渡邉:和食は塩分過多になりがち、というのは確かですが、一方で「だし」や「うまみ」という知恵もあります。工夫することで「減塩してもおいしいメニュー」を作ることは可能です。

たとえば、長野県は冬の寒さが厳しく、野沢菜漬けなどの保存食文化が発達し、塩分摂取量が多い地域でした。けれども30年ほど前から県ぐるみで減塩に取り組んだ結果、厚生労働省の「都道府県別生命表」最新版で、男女ともに長寿日本一になりました。「信州味噌」というくらいですから、みそ汁は定番の献立ですが、野菜などの具材を増やして、汁を減らすことで、塩分摂取量を抑えられます。それと、ミキサーにかけたえのきたけを煮詰めて凍らせた「えのき氷」も「だし代わりになる」と、一時評判になりました。単に「塩分を減らす」ではなく、「知恵を使った楽しい工夫」ですよね。

浜田:だしみたいに「じんわりきくうまみ」を利用すると、薄味でも「おいしい」と感じられますよね。個人的にオススメなのは、塩分を使わずにだしのみでいただくこと。よくあるのは昆布とかつおだけど、それ以外にもしいたけ、いりこ、煮干し、あご、干しエビ、するめ……などと、さまざまな組み合わせが可能なんですよ。寒いこの時期、熱燗代わりにアツアツのだしを一杯……なんてオツなものですし、ホッとしますよ(笑)。

調理法や食材を工夫した減塩レシピ

村農:減塩するための工夫には、他にどんなものがありますか?

渡邉:減塩ってある意味、料理の腕の見せどころですよね。味に自信がなかったら、つい調味料を足したくなるじゃないですか。

浜田:そうですね。煮物を作っていて、甘すぎたら醤油を足したり、塩辛かったらみりんを足したり……。でも、足していくとどんどんわからなくなってしまうんですよね。そんなとき、意外とお酢を入れてみたら、まとまることもあるんです。

渡邉:お酢は身体にもいいですよね。最近凝っている納豆の食べ方ですが、必ず黒酢を入れるようにしています。朝食の納豆に黒酢を入れてよくかき混ぜると、ふわふわのトロトロになります。そこにめかぶやオクラなど粘り気のある食材を合わせると、醤油のみを加えた場合と違って、ご飯がなくてもそれだけでおいしい。

浜田:いいですね! あと、薬味やハーブ、スパイス類も減塩に役立ちます。たとえば冷奴に薬味を合わせると、醤油だけのときよりも豆腐そのもののうまみや甘みが感じられるんです。醤油も一般的な醤油ではなく、だし醤油を使うと減塩になりますね。

渡邉:私は炒め物のとき、塩の代わりに顆粒コンソメや粉だしを使います。ごく少量の醤油で味付けできる「スプレー醤油」もいいですよね。

村農:調味料の使い方にもコツがあるんですね。

浜田:調理法によっても全然違いますよ。たとえばキノコ類だと、炒め物だとつい塩分を多く使いがち。でもホイル焼きにしてみると、ほんの少しのポン酢やすだちを絞るだけで、十分おいしく感じます。キノコってもともと風味とうまみが強い食材なので、それをしっかり引き出してあげればいいんです。じっくりグリルしたり、蒸したり、煮立てたり……素材のうまみを凝縮するような調理法が、減塩につながります。

村農:素材によって調理法を選ぶのも楽しそうですね。では、これまでに出てきた「減塩するための工夫」を取り入れたレシピを実際に考えていきましょう。

渡邉:味付けに迷わないように、いろんな料理に応用できるような、「万能タレ」みたいなものがあると便利ですよね。

浜田:それなら、「ラビゴットソース」を伝授しましょうか! 薬味をたっぷり使うので、ソースというよりは「ほぼ野菜」な感じ。でもちゃんとほどよい味付けになるんです。

村農:はじめて聞く名前のソースですが、薬味をたっぷり入れるなんて、おいしそうですね! ぜひお願いします。それと、浜田先生がいろいろな「だし」のお話をされていましたが、何かおすすめのだしはありませんか?

浜田:野菜を使っただしはいかがでしょうか。コトコト煮込むだけですからカンタンですし、塩こしょう、醤油、味噌、ケチャップ……何で味付けしても、ベースがしっかりしているのでおいしいスープに仕上がりますよ。

村農:あと、お酒を飲んでいるときにはつい塩辛いものが食べたくなります。減塩のおつまみがあるといいのですが……。

浜田:それは得意分野ですね(笑)。まかせてください!

今回のレシピテーマ

「味覚を育てる」減塩レシピ

食材や調理法をひと工夫するだけで、
おいしく減塩できます。
香味野菜やだしなど、
香りとうまみの強い食材を使ったレシピです。

Profile

渡邉 美和子

内科医師。東京ミッドタウンメディカルセンター特別診察室長。臨床の場で会員制医療における健康危機管理や医療相談に携わるほか、一般社団法人メディカルファーム代表理事として医学的知識を生活に浸透させるための医療事業に関わる。日本抗加齢医学会、日本内分泌学会をはじめ医学学会でのお弁当監修など、独自の食指導に力を入れている。

浜田 陽子

料理研究家。栄養士。株式会社Studio coody代表取締役。生活習慣病、食育、ダイエット、乳幼児栄養、妊産婦栄養などを専門分野とする。TV番組への出演やフードコーディネート、雑誌・書籍等への執筆、キッチンツールの企画開発、教育・行政機関とのタイアップなど、携わる業務は多種多様。フードビジネスとメディアと消費者を繋ぐ、新たな業態を展開する。

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