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私たちの“プロジェクトX”

『O-157渦で得た貴重な体験』

その事件は、96年8月、大阪で起きた。O-157による集団食中毒だ。
当時の厚生省が「かいわれ大根が感染源である可能性は否定できない」とコメント。製造元を問わず、一切のかいわれ大根が、スーパーの店頭から姿を消した。あっという間だった。
トップメーカーである村上農園は、食中毒菌などの発生を抑えるため、農場はもちろん流通過程まで温度管理を行い、安全対策は万全だった。しかし、「犯人探し」に躍起になっていた社会情況のもとでは、すべての「かいわれ大根」が「危険視」された。手の施しようがなかった。
村上農園でも出荷量は例年の18%までダウンした。社員の半数を半年間一時帰休させ、7つあった農場のうち4つを休止した。この年、25億円を見込んでいた年商は、18億4800万円にとどまった。
だが、冬を迎え、食中毒騒動がしだいに収まるにつれ、市場も落ち着きを取り戻し、需要も回復してきた。徐々に操業を再開し、一時帰休の社員を呼び戻せるという期待感もあった。
しかし、97年3月、追い打ちをかけるように今度は横浜と愛知でO-157による食中毒が発生し、再びかいわれ大根が疑われた。今回もまた、マスコミで大々的に報道された。これが決定的だった。ふたたび消費者のかいわれ離れが起こった。一時帰休させていた社員は解雇せざるをえなくなった。経営にとっては苦渋の選択だった。この年、売上は11年ぶりに10億円を割り込んだ。同業者は次々に倒産した。

この企業存亡の危機に、村上農園社長、村上秋人は新たな「切り札」で勝負に出た。半年前から生産を進めていた「豆苗(とうみょう)」だ。豆苗とはグリーンピースの新芽で、中国の宮廷料理にも使われた高級芽物野菜。加熱食材なので食中毒に過敏になった消費者の抵抗も少ない。
全社一丸となってこの新野菜にパワーシフトした。社員がスーパーでの試食宣伝活動に駆け回り、ファミリーレストランの中華メニュー用に売り込みをかけた。急ピッチで増産体制を敷いた。やがてその栄養価の高さがマスコミで大きく紹介され、豆苗は一躍ヒット商品となった。1年後には売上で「かいわれ大根」を上回るまでに急成長した。
豆苗の成功の陰には地道なマスコミに対する広報活動があった。O-157に関連したかいわれ騒動の際、他社が取材を拒む中、かいわれ農場をマスコミに公開し、正確な情報を消費者に伝えようと努力したことで、報道関係者へとの人脈が広がっていた。「転んでも、タダでは起きない」、常務取締役・田村清貴は言う。
研究開発部門もフル稼働した。他社に先駆けて衛生管理の整備や除菌のための研究を行いながら、新商品「カキ殻殺菌かいわれ」を開発。その安全性が認められ、どん底の中で、かいわれ大根の市場シェアをさらに伸ばした。
商品開発部門は、隙間を狙った新野菜を続々と開発した。「サラダ専用ほうれんそう」や「ルッコラ」、「ハーブシリーズ」が巷で話題になった。
O-157報道から1年半経った98年1月。村上農園は、全ての農場で生産を再開した。
こうして業界で唯一、村上農園は奇跡の復活を遂げた。

To be continued

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