スプラウト王国 HOME > 企業情報 > 私たちの“プロジェクトX” > 『かいわれ戦争を勝ち抜く』

企業情報 スプラウト城

小さな会社にも幾多のドラマがあります…。
「アクティブ年表」と併せてご覧ください。

私たちの“プロジェクトX”

『かいわれ戦争を勝ち抜く』

もともと「食通」の間で珍重され、木箱に入って料亭に卸される高級食材だった「かいわれ大根」。いまや当たり前のように日常の食卓にのぼる野菜だが、このかいわれ大根の大衆化に成功し、スーパーで気軽に買える定番食材にしたのは、口幅ったいようだが、やはり村上農園だと思う。
その独特の風味と食感が人々の心をとらえ、1980年代には食卓の定番の位置を獲得した。
そう、かいわれ大根は売れに売れた。
村上農園は82年には千葉県東金にも農場を設け、関東市場にも進出。広島に200人、東京に300人のパートを抱え、1日当たり27万〜28万個を出荷するほどになった。しかし、成功に追随はつきものだ。1984年には、かいわれ生産農家は全国で3000軒へと膨らんだ。しかもこの年は各地で増産したため、市場価格は1パック100円から20円前後にまで大暴落する。後に「かいわれ戦争」と呼ばれる熾烈な競争は、その後92年ごろまで続く。
村上農園はその技術力を生かし、徹底した合理化とコスト削減で競争力を高めた。
まず、種まきから収穫にいたるまで機械化を進めた。さらに栽培行程を徹底的に見直し、当時の常識を否定する取り組みを行った。それは、必要不可欠と考えられていた「ウレタンシート」を使わない栽培方法を開発することだった。 家庭ではゴミになり、環境に影響を与える「ウレタンシート」を使わない方法はないのか?試行錯誤を繰り返し、ついにはかいわれの根同士を絡ませてまとめる栽培方式(根がらみ栽培)を開発した。 しかし、この根がらみ栽培方式には均一な発芽勢、つまり発芽して成長する力が均一な良質な種子を揃えることが必須。 この点、村上農園は、早くから種子栽培に適したアメリカとイタリアの種子会社に栽培指導を行い、高品質の種子を安定して入手できるルートを確保していた。他社の追随を許さなかった。栽培管理分野でも高い品質を維持させながら徹底的に効率化を図り、生産量は1日平均50万個へと躍進した。

1993年。
熾烈を極めたかいわれ戦争は、最終的には全国シェア40%を獲得した村上農園の、完全なる一人勝ちだった。業界の先駆者として、つねに一歩先を見、工夫をこらし、走ってきた村上農園。このときは社員の誰もが自分たちのやってきたことに自信を深めていた。
間もなく「O-157事件」が起き、同社の運命を大きく変えることになろうとは、このときはまだ知る由もない。

To be continued

「私たちの“プロジェクトX”」トップへもどる
「企業情報」トップへもどる

ページトップへもどる